如何に子供たち自身がやりたいことを見つけられるか、そして挫けないようにしてあげられるか

つまり、インプットが同じ(親がヤクザとか貧乏だとかマイナスのインプットでも、親が知性が高く、裕福であるというプラスのインプット)でも、本人次第でアウトプット(本人の進学や職業→一生)は変わるということだ。 ようやく結論だ。教育というのは、この「インプットがプラス材料であれマイナス材料であれ、その結果のアウトプットをできるだけプラスの方向へ持って行ける体質・考え方を、本人の身につけさせる」ことだと思う。

「幸せとは何か」とも関連するかな。 幸せを感じることにおいても、自分が伸びることにおいても、現在までの自分の立場や環境は関係ない。 実は異論もあるのですが、上記記事、多くの方にじっくり読んで欲しいです。 ちなみに異論とは例えば、「この考え方からいくと、御本人も述べられている通り、打算的な教育者であっても構わないのではないか」とか^^;。まぁ自分もあやかパパさんも言いたいことは、かっこ悪い教育者を見据えた上で、かっこいい師を見極めろってなことになると思うです。そして、かっこいい師が0の現場だと、いくら本人の意識が優れていてもさすがに遠回りだから、少しはかっこいい人に増えて欲しいよねぇ、といったところでしょうか。

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このページは、Shinが2005年1月 2日 12:58に書いたブログ記事です。

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