2005年2月アーカイブ

多数の、言われたことだけやって済ませようとしている作業員のモチベーションを上げること。みんなほんとは仕事も楽しいほうがいいと思っているはず。まれに、仕事だからこそ楽しくなってしまうと没頭してしまうから良くないという人もいるしその気持ちもよく分かるんだけど…その点は置いておいて。

そのためには、プロジェクト環境をよくしようとしている一部の人間のモチベーションを下げないこと。数少ない味方を減らしたら悪循環になり全体が破綻する。
つまりは自分に直接来た下からの正当な意見を政治的な理由と言って却下することを如何に避けるかである。
お客さんの機嫌を損ねると元も子もないが、現場全体の機嫌を損ねても元も子もない(*)、けれど、上司の機嫌を損ねてもプロジェクトは成功しうる、ということ。

*:馬車馬のように使って完成するかもしれないが効率が上がらないのでコストがかかる

上司自身がその意識を持っていればプロジェクトの成功率は格段に向上するが、縦に並んだ全ての人員がそのような意識を持っているケースはほとんどないので、大抵のプロジェクトはどこかで壁が出来上がる。その壁を突き破るのは誰の役割だろう…。

個人的意見では、それは「自分」でしかないと思っている。つまり、どの立場の人間でもいい。突き破る人は、下の意見を吸い上げようとするし、上に何がなんでも意見を伝える(押し通すではなく。もちろんそれが真に妥当性を持つ正当な意見であれば)。そういう人が意見できない環境にしようとする人および空気が続く限り、プロジェクトの破綻は目に見えている。


…なぁんてね。最近の感想として。
更新頻度を下げているので今に始まったことではないですが、現在並行案件が増えまくって今後ますます過去やっていたようなネタを出す頻度は下がりそうです_o_。忙しいので書けませんの報告を兼ねて、ネタを書いてみました^^;。


どうでもいいけど、壁に遠くからでも見える大きさのフォントで用語集とか詳細ではないスケジュールを貼ればいいのに、とよく思う。壁に何も貼ってないのはもったいないなぁ…。
ま、それは環境に拘らない人間だからこその感覚であって、その手のことをやって圧迫感などを感じてモチベーションに悪影響が出る可能性もあるのだとは思いますが。

関連ネタ(過去に書いたもの)
分析とはあらゆる要素を挙げて、整理すること
SE/コンサルタントって何だろう
プロジェクト失敗原因となる典型的症例

これから復旧させに行きます…。

 なお、「断定」ではなく「疑問」形式にしておけば印象操作・ネガティブキャンペーンにならないだなんてことは全然ありませんね。その程度のレトリックでごまかそうというのはいかがなものかと思います。

面白いですねぇ。

思想・言論の自由として、「自分はこう思っている」と言うのは自由なわけですが、言ったからには責任は取らなければならない。
このケースでは、言った人が誰であるかが明確でない、或いは自明であっても責任を追求しようとしたときに逃げられる可能性があるケースにおいて、他者の言論を削除する権限を持つ(ブログオーナーであるところの)小倉さんがそれを放置した事に関して責任を負うことになるのは迷惑だから削除した、と述べられています(と、私が解釈しています)。

で、それはいいとして、対象コメントが断定口調であるか否かは無関係である、というのが上記の胆なわけですが。

まぁ、他者の発言の責任まで持ってられないから、削除権限のある方が責任主体となるのであれば、その裁量で削除するというのは受け入れられます。

ここで抜けているのは、削除された方が言われている通り、その方に対する誹謗かもしれない「プロパガンダだから削除した」とか「自分が不快だから削除した」いった、客観性があるといえる根拠なしに削除をされたことに対する責任のほうです。ブログは自分の城だからということで、「削除の自由」を肯定する反応が多いように思いますが、それに対する責任もどうしても付いてまわります。
言論が自由であるのと同様に、ブログオーナーには削除の権利と削除の自由があるわけですが、削除の自由に伴う責任として、それに対する反発があったわけですから、その反発を受けいれる/何らかの(例えば根拠説明)対応を行うといった責任が発生しています。放棄すればそれなりの批判にさらされます。
コメント欄においてではありますが、公開の場において該当者は言論の自由を侵害されたのですから。

まぁ、自分のブログに書いてトラックバックしていれば「このケースの」トラブルは避けられるのですが。だから今でも多くの人が 2ch に書くのかしらん:p。それでもトラックバックを削除されたら文句をいう人がいるでしょうけれどね。そのあたりが、客観性=より多くの人が納得できること=常識の話なわけで。

で、閑話休題で、もし穿った見方だったとしたら(件の話題がそうかどうかは知らないです)疑問系であっても削除されるようなものなのか?というのがここでの私の疑問点なわけですが。これはどうなんでしょう?普通に考えたら「言論統制」と騒がれるケースでしょう。主観ではなく事実であるかのようにいうのは明らかにプロパガンダですが、主観であることが明示されているのに、それを言うことを禁じられると考えると普通は誰しも嫌でしょうね。

でも、疑問系であれ、それを表明したいと思った人は、確実にそれを他者に聞いてもらいたいと思っているわけで、思ったことを聞いて欲しいという時点で、これまた確実に同調意見を期待しているので、その観点で誘導性があるといえば、それはあります。誰かがそれを漏らしたことで、皆がいっせいに表明しだすのはある意味「真理」ですから。ただ、だからこそそういうものに対して「プロパガンダ」「レトリック」といった言葉は当てはめられないだろうと思いますが。「ネガティブ・キャンペーン」という言葉だけは当てはまりそうですけどね。

ここではさらに、その言論の表明先が他人の「場」であった、という問題があるわけですが、断定か否かということとは無関係ですので無視します。
そして、結論は保留します。

過去は「弁護士って大変なんだなぁ」くらいに思っていましたが、最近は不憫を通り越して不快に近いものがある…。弁護士が自分の弁護を始めるとやはり多くの人の不快を買うのか…。

なお、この文章は「言論」「責任」といった用語に関して法律的な定義を知らない人間が個人の感性に基づいて書いた感想であることをご了承ください。

MT Extensions: Global Listings 2.0.2
を使って、トップページの記事並び順を「更新した記事順」に変更しました。
これで前からやりたかったことができるようになりました。

檜山正幸さんの新しいプロジェクト(?) chimaira が始まっています。最終的には「Chimairaアーキテクチャは、XML技術の一部に対する再構成の試み」ということで、XML 文書の処理や構造設計手法にインパクトを与える仕組みを定義するものになるようです。現在はまだ導入部であり、Chimaira の「コンポーネント・アーキテクチャ部分」に絞っているとのことで、XML の話ではなくプログラミングに纏わる分析/設計例のような話になっていて(多分これから続くであろう話と比較すると)読みやすかったです。

このアーカイブについて

このページには、2005年2月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2005年1月です。

次のアーカイブは2005年3月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。