期待していることを積極的に伝えよう

昨日のネタの続き…。# うーむ一時的には出したいネタが溢れるな…一時的には…。
他の人(生徒、他)の問題がなかなか修正されないと感じた時の話。教育者を信頼していて、その人の言葉を守ろうとする意欲があったとしても、できない、という場合ね。

欠点が直らない、問題だ、という話をしつづけるのは思考がネガティブになっているのでおいら的にはよろしくないと思ってます。でもまぁそれが重大な欠点で良い面をすべてかき消すほどのものの場合、単にその人の良い面を伸ばす教育だけでは間に合わない、というのも確か。
じゃぁどうすんのかというと、私の場合はとりあえず知識としてだけ、「こうしたほうがこうこうでいいよ」と伝え、後は当人の問題の影響が最少になるように裏で努力する、ですかね…。なんつーか、「こうしないとこうこうで問題だ」との違い、ですか…。

# ちなみに、自分やその周りに直接影響が無ければ「裏で努力」なんてそうそうしません:p。アドバイスはするけどそれを守ることも期待しないし、それによって当人が何らかの不利益を被ったとしても、それは私の美徳とする自業自得なので。
# 期待できないのにいつまでもアドバイスしつづける、ということもしないだろうけど^^;。ま、(その人が向上心を持つことに)期待はしてるんだろうな…でも期待に沿ってもらえなくてもそれは単にそうだったんだな、と思うだけなわけで。

私としては痛い目を見るまで本当に問題意識を持つのは難しいということと、それほどまでに無頓着だった問題の解決方法を自力で見いだすのは難しい、ということが経験則で、後はモチベーションを上げる(下げない)よう気をつけることしかできないなぁ、と。うーん、昨日以上に文章錯乱してるな-_-。

# タイトル、後で付けなおしたし-_-。しかも今見ると、それは昨日書いたことと同じだし-_-。
# 信頼/期待、と来てみたかー。みたいな^^;;。

# つまり、私ならこうするなぁ、と書きつつ、完全にできているわけではないってこと。たまにこういうこと書くと自分の意識確認になっていいねぇ^^;;

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コメント(3)

昨日の続きということで、こちらでコメント。
私の言う「相手が先生と思ってない」っていうのは、信頼とかの問題じゃなくて、生徒本人が元々先生を必要と思ってない、そういう思考そのものがない場合ってことなんですの。
例えば、小さい頃からテレビ、テレビゲーム、パソコンと親しみ、人間関係をあまり重視してこず、現実世界にもあまり興味をもたず、その上自分の最大の楽しみをマシンの中に見出せた人とか。
彼の脳内に届く周囲の言葉は記号化された単なる言語でしかない場合もありえると思うのですわ。
でも、そういう人でも現実は現実として毎日おそってくるわけで、
周囲との軋轢に苦しむでしょうねー。
私はshinさんのおっしゃることは、愛(あ、これはアイとお読みになってね)だなと感じましたので、ゆっくりと伝わっていくはずだと思いましたけれど、一方で、そんな人もありな世界が残っててもいいかもだわ、とも思いましたの。
で、そんな場に私がいましたら、ちょっとしんどうございますね。
最終的には、可哀想だけど自己責任ってことに落ち着けてしまいますが、なんとかしてあげたいなーなどとおせっかい心も出てきてしまいますものね。

なんだか、ご本文よりも長くなってしまいそうで失礼いたしました。

ちなみに私も先生が必要とは思っていない人種ですが^^;;。
特に技術者にはそういう人、多いと思ってます。今までも自分で問題を解決してきた。これからも自分で解決する。
ただ、それと人の言葉を聞く聞かないはまた別だなぁ。

# しかし…「彼」ってだれよ:p なんだか具体的になってきてるか?:p:p

>なんとかしてあげたいなーなどとおせっかい心
私だったらこうする、というのもおせっかいにほかならないと思いますけどねん。
お節介を焼くのは全く良いと思います。ただ、押しつけのおせっかいであることを認識してさえいれば。
つまり、もともと当人がして欲しいと思っていたわけではないということを。

これ、別のテーマで書こうとしてたけど、善意でしてあげたことが当人にとって迷惑に感じた際に、善意を無視して怒りだす人がいたりして困る、というのがあります。それとは逆に、感謝が全く表明されないといって怒りだす人がいます。どっちもどっちです。
何かしてもらった人はそれに苦言を言うにしても「してもらった」こと自体に対する感謝を忘れてはならない。してあげた人は感謝を期待してしてあげたわけではない、ということを忘れてはならない。

まぁ、がっくり来るのはしょうがないですけどね~。

で、本筋へのコメントをしてなかったんですが_o_、
# そのへんが私の「言う順番が悪い」の典型的実施例-_-。

> 例えば、小さい頃からテレビ、テレビゲーム、パソコンと親しみ、人間関係をあまり重視してこず、現実世界にもあまり興味をもたず、その上自分の最大の楽しみをマシンの中に見出せた人とか。

ありますねぇ。社会問題ってばこういうことか?ってくらいに。
私も若い頃はそうだったんじゃないかなぁ、ってまだ若いけど:p。
よく言われる話だけど、親が教えないといけないはずのことが教えられていないってことかな?
で、20も後半になることには数々の痛い目にあってたいていの人は何らかの心境の変化が訪れているのではないかなぁ。
で、変われなかった人が犯罪に走るのが今の世の中の流れ、か:p。
数々の痛い目にあう時期に何らかのフォローがされている必要はあるでしょうね。「それ見たことか」だけではなく…。

# 自分は真に幸い痛い目にあう前に気づいたような気がする…。
# まぁ、気づいて直ったわけではないけれど、認識できたということが自分的に何より。

## さて、このコメントは何について話しているか、読み取ることはできるでしょうか^^;;;。話を発散/展開(連想)するのは得意なんだよな…^^;(自慢にならない)。

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このページは、Shinが2003年12月28日 01:57に書いたブログ記事です。

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