Web では共感を探しているのであってコミュニケーションを探しているのではない

書く側も読む側もそう。

自分の考えを補強/否定してくれる資料探し。でも、書籍などの資料漁りとは違って、そのような考え方をする人探し。
blog を bookmark する/RSS reader で subscribe するといった行為は特にそういうものだと捉えている。その人との直接のコミュニケーションは、発生するかもしれないが副次的なもの。著者側の視点に立つと、アクセスがあること自体が共感であると思いこみたいわけである。その先にある対話をさらに望むことはもちろんあるが、その場合、おそらくそこそこ多くの人が望まない批判勢力との論争とも対峙しなければならない(私はそれも望むけど^^;※)。だから、限定的な対話を望む人が多数いる。(用法を誤っているので使いたくないが、今や状況を指すだけなら最も通じやすい用語となってしまった)儀礼的無関心を望む人。

…という考え方もある&私は積極的にそうしている。そして、それは実は「Web を通して人と繋がる」と考える人の根底にも存在する可能性が高いのではないか。


なぁんて、また煽りタイトルで超べたべたなメタ論を書いてみたり^^;。「web 全て」いっしょくたに語るつもりはないです、もちろん_o_。blog になって、対話的コミュニケーションの可能性がどんどん主張されていくけど、本質的にはテレビなどと同様であり、そしてテレビ/書籍などより人を身近に感じることができるため、共感しやすい、ということです。「身近」はフィードバックのしやすさから来るものであり、blog は今まで掲示板など別の場所でなされていた(それでも他のメディアより楽だった)フィードバックをより直接的にしたということで、実際にフィードバックするかとは無関係に共感のしやすさを増幅したけれど、やっぱりそこから始まる対話的コミュニケーションって副次的効果だなぁ、と。要するに、過度に閲覧者にコメントなどを望んでも、たぶんなかなかそうはならないだろう、と。
タイトルは「常に/多くの人は~探しているのではない」とするほうが正確ですが、それってあまりにも当たり前過ぎて、自分の言いたいことを伝えるのに足りないと思ったわけです。すみません。一応、格言風にしたかったというのもあり^^;。

あと、「blog はコミュニケーションツールだ」なんて言説あるんですか?という正しい認識の人にとっては、やはりあたり前な話と思います。

※中傷とは対峙したくないですね。批判は歓迎~。

注意:もちろん"コミュニケーション"は bookmark した時点で成り立つ、下手したら見た時点で成り立つ、とする考え方もあり、その観点で言えば上記も「コミュニケーションを探している」と言えるし、そのことを指して言っている人もいると思う。この文章の文脈においてはコミュニケーション=著者と読者の直接の対話、としている。

…読み返さずに公開っ^^;;。
(で、とりあえずの追記)コミュニケーションを求めることを否定する類いの記事ではない(つもり)です。そこんとこを強調しときました^^;。ってか、木村剛さん関係のオフ会、時間があれば行きたかったし^^;。

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ですね。やっぱり否定賛成どちらかの意見なりを聞きたいがために探しているような気がします。とはいえコミュニケーションの一部にその共感という行為が含まれていたりするような気もしますが(汗
何処かにそういったデーターがあれば、客観的に分析できるのでしょうが、おそらくそういったデーターは英語のようなきがします(涙

現在自分の見続けたい blog を探す動機って何だろう?と考えると、友達探しをしているわけではないんですよね。で、普通に考えてそういう人の方が圧倒的多数派であろう、という^^;。
もちろん自己表現をし続けると、また進展があったりするわけですけど。

こんにちは。はじめまして m(_ _)m

この手の話題はちょうど、ちょっとばかり悩んでいるところだったので、ご相談もかねてトラバってみます

ぼくもwebの住民が自分とは違うものをコミュニケーションに求めているようで戸惑いをもっているのですが..(っつーか憤りまでいってますね (^^;))

それはここで書かれているお話のように「共感」ってのと近い気がします

なんか・・
<コミュニケーションにおいて男は情報を求め、女は共感を求める>みたいな話をどっかから聞いたことがあるのですが..(すみません出典忘れました)

そういう感じなのかなぁ..と


ぼくの場合、blogを介するコミュニケーションの場合、まず自分の認識への栄養を考えるので、<情報を求める>型のコミュニケーションになっていると思うのですが、そうすると流れとしてギロンみたいな感じになることが多くて...

で、その状態になると、相手のひともコケンとか面子とか関わってくるみたいなので、みょーにケンカ腰になったり・・あるいは無視されたりすることが多くて...
(↑っつーか、この「面子」と「ケンカ腰」の関係はぼくの類推ですけどね)


で、それに対して近頃思うのは
「blogやる人たちってお友達サークル作りたいのかな?」ってことで...

年齢とか性別とか職業とか・・そういうので集まってごちゃごちゃしたいのかな、と

・・まぁ、それならそれでもいいんですが.....いい大人までそういう態度なのでちょっと戸惑ったり...

もしくは最初のテーゼに戻ると、
「女型コミュニケーションばっかになったのかな?」とか思ったり...

・・・まぁ、いろいろ思ってるわけですが...


・・・そのあたり、どんな感じでしょう?(^^;)?



あ・あと、ぼくは基本的に人間の善性とか理性を信じる傾向があるみたいなのですが...まぁ、それはオプション程度で考えていただいていいです

確かに、この記事で書いたようなことは、男性の方がより顕著かもしれません。また、この記事で書いたような意識でない人が増えつつある時期でもあると思います。ただし、増えつつあると言っても、閲覧者側の立場としてはここに書いたことはそう変わらないと思います。オーナーの側に経つと変化があると思いますね。

現在はブームに乗って、というか blog ホスティングサービスの「blog で繋がる」などの煽り文句に乗せられて、「ブログで友達を作れる」と思って参加される方が増えてきていると思います。
もちろん友人もできるのですが、現実世界のごとく「まさか文句を言われるとは思わなかった」といった意識の方も多いと思います。

公開された文書で事実誤認など書かれた場合、それが誤りであることを指摘しようとする人が現れる確率はリアルワールドより大きくなるのは当然なのですが、それを親切と受け取れる人の割り合いが減ってきていますね。

インターネットリテラシーの方向はどっちよりへ進むんでしょうね。

「公開されているんだから批判を甘んじて受けよ」
「公開の意識など無いのだから読む側が判断力を付けよ」

もちろん両方とも啓蒙されるべきことと思いますけど。
で、どっちかというと後者のほうが重視されているかな、と思います。
そしてそれは正しい方向性であると思います。

しかし、不正確な情報を信用してしまう人は絶対に無くならないでしょうね。
多くの人は、より大きい声しか聞かないですから。

新聞のような一方向のメディアでの誤り/ミスリードなどは過去は指摘する手段が少なかったのですが、インターネットのおかげで適切な批判、あるいは書かれなかった事実を知ることができるようになってきています。

やはり、批判は必要です。でも、批判行為をとにかく嫌うという風潮が生まれると、困ったことになりますね。

そうですね・・特にROMの人とか、途中から論争を見だした人なんかからは
「なにケンカしてんだよ..(^^;)」
とか見られちゃうんでしょうね..

そういう議論ができない状況ってのは「日本社会の特殊性か..?」とか思ったりもするのですが..

それもちょっと早計かもしれない..(..ネットリテラシーですかね)

ぼくもできれば言い争いとか、互いがいやな気持ちになることは避けたいのですが..

(じゃ、次の記事に移ります)

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このブログ記事について

このページは、Shinが2004年4月 2日 12:43に書いたブログ記事です。

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