思い込み(=レッテル)と批判と紛争

以前 MyClip もした記事「ブログとネットの心理学」に関して。

 公開で何かを記すことは自己説得の効果を持つ。
 この意見には異論もあるかもしれないな、と考えて記したことでも、どこからも異論がないままに過ごされると「俺の考えは正しかったんだ」と思い込むようになることがある。単に無視されている結果であったとしても、無視を賛同なのだと解釈したりする。加えて自分はこういう意見を持つパーソナリティなのだと自分にレッテルを貼ることにもつながる。独り 集団成極化現象みたいなもん。
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 知識の差が一と百あったとすれば、一のほうは百が何を言っているのかさっぱりわからないだろうし、百のほうは一に何を伝えるにしても背景の知識まで含めて伝えようとするとものすごい手間と徒労がかかるのでどうにもそこまでかまっていられなかったりする。
 触れてもつながれない。違う人とはつながりにくい。
 いきおいブログにおいても似たものが集まり階層・知識のタコツボ化&集団成極化現象が生じる。

そして、お互いにレッテルを貼り合うわけですね~。
批判が無かったからといって、自分の意見が正しいと思いこんではいけません。
また、批判を無視しても私の勝手でしょ、と思いこんではいけません。

まぁ、「いけません」って別に禁止という意味ではなく、するのは自由ですが一般的にカッコわるいだろうってだけですけどね。自分に向けた言葉ですので。価値観の問題と言われればそうでしょうね。他人に迷惑さえかけていなければ。
(追記)
意見が多数に脹れ上がった場合、全ての意見に答える必要はありません。しかしそれを許すのは第三者であって、本人が許してはいけないでしょう。本人は「答えるべきだけれど答えられず申し訳無い」という心意気を忘れてはいけないと思います。それこそが発言に対する責任であるとも。そうしないと、思い込みは進行するばかりです。


で、このあたりの価値観(認識のバックグラウンド)を共にするもの同士がコミュニティ化していったりするわけですが、得てして相手のコミュニティとの紛争の元を発生させるのが、「批判を無視しても私の勝手でしょ」と考える側なのですね。なぜなら紛争の元になっていることを「気付けない」上、指摘を「徹底的に無視」あるいは「ウザイ」という便利な言葉で一刀両断しますから。もちろん百を知る側も一の側を過度に馬鹿にしてはいけないと思います。可能であれば無知を知らせてあげたいところ。でもそう思っていても、「ウザイ」と思われるのならしないですよね。

注意:一/百といった関係はテーマごとにいくらでも逆転しますし変動します。その時自分がどちらがわにいるかを意識する必要があります。そして、「自分は百である」と思いこんではいけません。

「無知」が罪とみなされるか否かには境界線があり、あまりに差があり過ぎるととても教え切れない、それくらいは勉強しておけ、ということになります。この境界線が各自によって異なるのがまた問題で、さらにはその無知に対する指摘方法について、「どのようにするのが親切であるか」の基準も、受け手/伝え手それぞれで異なってしまっている。この両者が紛争無しに理解し合える確率は相当低いといってよいでしょう。

前の記事で予告した「批判への対応」に関するテーマを書く前にひとまずここまでで公開。

なお、私はコンピュータ技術に関しては一応それでご飯を食べているのでプロということになりますが、それ以外に特に「専門」はありません。感覚で書いていますし、誤りもあるでしょう。誤りをご指摘いただけると嬉しいし、それが blog をやっている目的でもありますが、指摘が無かったからといって正しいとは限らない、というのは意識しております。

(追記)
当記事で出した「ウザイ」ですが、これはそう感じた人にとって「ノイズ」であったということです。で、その件に関しては集団コミュニケーションにおけるノイズの定義にて記事を書いています。
当事者からすれば的外れな「ウザイ」という感想こそ「ウザイ」わけです。的を外していないと思うのであれば説明責任を果たすか、それが面倒なら 2ch に行くのが賢明ですね~。
参考:2ch の価値に関するコメント
「2ch の価値」について記事を書こうかな…。

あ、今思いついたこと。
「ウザイ」という感想はいつもメタな視点で語られる
内容そのものは見ないで言う人が多いですね。
あぁ…メタを分析する行為は有用なのになぁ…。

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これから数回に分けて、「批判の受け止め方と批判行為」について書こうと思います。 あらかじめ書いておきます。当記事は感性を否定するものではありませんが中傷を否定... 続きを読む

コメント(18)

今度はこっちに書こう^^;。
http://ex2.2ch.net/test/read.cgi/net/1079108758/357-

357 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! :04/04/10 21:02
>MyClip関連
Shinさんに同意の部分も多いけど、
こんだけ粘着だとさすがに引くよ。

もしかしてこの記事のことかしらん。もしそうだったらこのコメントも見ていただけると思い、ここでお返事。
とりあえず、この記事を始めとして、
http://shin.txt-nifty.com/philosophical/cat285949/index.html
に溜めていく事項は、自分の考え方を記録していく目的ですので、特定事項に結びつけてはいないです。ただ、思いつくきっかけとしてはいろいろあり、特定事項を見据えて一般化が不完全な事項がある可能性はあります。
# やっぱり、何らかの具体的事項にあてはめながら思考整理作業しているものもあるのは確かですので。

なので、誤った考えに陥っている可能性もあるので、教えていただけると嬉しいですー。

そうではなく、純粋に
>MyClip関連
の論争のことであるとすると、私は書いておかねばならないと思った所に答えているだけなのです。文章が長くなりがちでウザイのは確かですが_o_。で、実はここの記事ネタでもある、自分格言を思いつくきっかけとして「人」についていろいろ考えていますし、議論もそれに活かす方向で行っています。
その辺のお話は、できるだけ
http://shin.txt-nifty.com/philosophical/2004/03/post_15.html
こちらでやりたいと思っているんですけどね。
「場」をわきまえろ問題があるので、他所様でやりたくは無いんですけど…。

ぼくは参考になりますけどね(笑)

・・うん、参考になります (^-^)

以上で書かれている内容の自分的な捉え方としては、「・・バランスかな」、ってことになります

専門家(百)である危険性も考えないといけないけど、百と思い込んで電波になってもいけない..

(もしくは、百だと思ってるところが30ぐらいだったりとか..)

特に年齢差がある方との付き合いが難しいと思います
自分より年齢が高い方に対して鋭いツッコミをするとカンにさわるみたいですし(気をつけているんですが、ときどき地雷を踏んでしまうみたいです..)、
年齢が低いほうに対してはどうしても「教える」モードになるので煙たがられたり..
(ひどい場合はこういう妄想に⇒「・・バカだと思われてる?」とか「・・ストーカー?」、って思ってるのか?確かめてないけど)

あとは論理的な人間と感情的な人間っていうか...

ぼくは理系の人と相性がいいみたいです
・・いや、理系の人にもいろいろいるのか..


とりあえず、ぼくのほうはこの考察を「甘え」ということから進めていこうかと思います

ああ・・そうだ
こういう対話系のことでちょっと事例みたいなのが出てます
(覗き趣味みたいでよろしくないですが、まぁ、ネットはそういうものなので..)

http://kiri.jblog.org/archives/000608.html#more

んで、件のピンポイントはここ↓
http://www.haloscan.com/comments.php?user=naoyuki&comment=E565544445

↑の本文↓
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C478131471/E565544445/index.html


議論の内容はともかく、コミュニケーションの仕方として参考にすべき点はあると思いました
(ぼくもけっこう頭に血が上り易いので気をつけないと...)

kitty ちゃんな対応は現状でも当たり前のように叩かれるようですが、エスカレートしてくると叩く側も誠実さを保てなくなって、得てしてどっちもどっちという評価に変わっていってしまうということがあります。
そうすると、放置が正しいという風潮が生まれてきて、「誠実は損」という社会になりかねないよなぁ、何てことを考えたりします。
誠実を踏みにじる相手に対してどれだけ誠実でいられるものか、ですねぇ…。
# さっさと見切るのが最もお得なのは普遍の真実だ^^;。

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このブログ記事について

このページは、Shinが2004年4月10日 23:26に書いたブログ記事です。

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