川俣晶さんの日記より。
インターネット上で、文脈(コンテキスト)をロストしているように見える論客の横行。
一例: Winny事件に関して、包丁が人を殺せるからと言って規制するのはおかしい、というような文脈をロストした主張があちこちに見られる。
そぅそぅ。これが
議論の流れで不当に不利な状況になるケースでは、ほとんどの場合「味方が敵」になっている
の原因の一つ。もう一つは、相手へのレッテル、根本は同じかもしれないですけど^^;。
インターネット知という問題 インターネット上の情報のみに依存する知の在り方を「インターネット知」と呼ぶなら、これには構造的な欠陥があるのではないか? また、多くの人達が、その欠陥にはまりこんでいるのではないか?欠陥に対する無自覚性はどこにあるのか
もし、欠陥が本当にあるとすると、多くの論客がその欠陥に無自覚であるのはなぜか?
あぅ、全文読んで欲しいので、是非リンク先へ行ってください。
リンクを飛び回ってかき集めた情報のまとまりに文脈はない。
そして、
文脈は自分で作り出すしかなく、それを正しく行える人は少ない。
と、思っております。
blog を飛び回ってると一層促進されそうな気が…。
本を読めば身に付くかしらん~。書籍だって文脈が飛びまくってるのは多いので気をつけねばですけどね^^;。
文脈病―ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ
斎藤 環
おすすめ平均
立派
を平易な言葉で語る聡明さ
」がこのように精緻に語られたことの驚き
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アソシエイトリンクにするのはちと気が引けますが、実験してみたかったもので^^;。
(追記)
インターネット知の欠陥というアイデアに関するメモ Version2
ってなわけで、「インターネット知」と「文脈病」は直結しているわけではない、との補足/ご指摘ありです。
私は斎藤環さん定義の「文脈病」を正確に把握しているわけではないので、この記事は煽りタイトルですが、「コンテキストと情報量は相容れない互いに反するもの」という部分は十分にこのケースにも当てはまっていると思いますよん。でもまぁ私も斎藤環さんの文脈を無視(よく知らず)して一部を抜き出し、強調したのはあまり良くないなぁ、と思いつつでしたが…。それはともかく、Version2 にて書き足された各文もそれぞれ頭に入れておく価値ありありと思います~。
あぁ、でも「インターネットのせいで文脈が読み取れなくなる病を文脈病と呼ぶそうです」というタイトルは確かに明らかに誤った誘導という気がしてきた…-_-。うーん、どういうタイトルにするのがいいかな…。とりあえずいくらか無難なタイトルに修正してみます^^;。
あと、自分が川俣さんの文章を読んだ上でのインターネット知、あるいは情報量増加戦略の定義の解釈を書いておきます。
これに陥った論客は、いろんな所から情報ソースを引っ張ってきて相手の説得を試みますが、それぞれのソースはそれぞれ異なるコンテキストを持っているのにそれを鑑みずに論じてしまうため、議論自体が対象としているコンテキストからずれた情報に基づく主張の比率が上がっていってしまい、詭弁と化す現象、と考えています。
インターネットだから特別に起こりやすいというわけではないと思っていますが、「インターネットだから」と言うとインパクトがある上、容易に想像しやすいことから興味深い主張であると思っています。
「インターネット知」は、「インターネットに限るわけではないが、インターネットのように細切れでばらばらの文脈を持つ情報群から自分に都合の良い情報だけを抜き出して持論に上乗せするような知識の持ち方」と定義することができそうに思います。
さらに一般化してしまうと、この辺の「情報の結びつけ方の正当性」というのは、「連想」が本質的に持っている問題であるようにも思います。これを解決/改善するために、何をすればいいでしょうねぇ…。
追記の文量が多くなったので、勝手ながら Version2 の方にもトラックバックを送りますー。タイトルも変えたし^^;;。
参考(自分の考えの補足):
Winny のようなソフトウェアを作成すれば逮捕されます
正当と不当

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