インターネット上での有用な情報発信を続けていくと、その「人」がネット上の狭い範囲でとはいえある程度有名になったりします。少なくともそれを始める前と比べて、あなたのことを「知っている」という人は数百/数千人単位で増えることはざらです。でも、自分もそうですが、上には上がいることをみんなよく知っているので、やっぱり謙遜して「うちのサイトなんてたいしたことないしぃ」と言ってしまいがちと思います。
「うちは有名サイトなんだよ」と言っちゃう人はそれはそれですごいわけですが
でも、そのことを自分がどんなことを書いてもいいんだという免罪符として使う人がいます。どんなことを書いてもいいわけではないのに。
と、上記文章だけだと違和感を持つ方も多いでしょうけれど、当然のごとく、ここで言っているのは、そこにそれを書いたことで大きな波紋が広がり、様々な害悪が発生することもあるんだよ、というのが言いたいわけです。
でもまぁ、本人の気持ちからすれば、「今までと同じようにやってきただけなのに」と思うのが当たり前で、開き直りたい気持ちも当然ですし、私なんかも責めるようなことはしたくもありません。
ただ、もし「影響力を考えてよ」といった指摘がなされた時に「うちは個人サイトだから」というのは反論にはなっていないなぁ、とは思うわけです。その「影響」が具体的に何であるかによって大きく変わるでしょうけれど。結局問題は発言の正当性(と倫理)だから、発言者の立場は関係ないってことですね。ただ影響力が大きいと発言の正当性に言及される確率が高くなるってだけで。
参考:
不満を人に伝えるのはよいこと、不満を人にぶつけるのはみっともないこと ここで予告していたネタだったことを思い出し
ARTIFACT ―人工事実― | 個人が好意でやっているものに対する受け手の態度
こちらは、影響力に対する批判の話ではなく「客」として注文を出してプレッシャーをかけるような行為についてですので、ここに出した話題とは違いますが、コメントが関連してます。あくまで参考として。
私はこの記事における加野瀬さんの「読者の判断に任せる」というポリシーに共感するのですが、「読者の判断に任せる」の意味を履き違えて理解している人がいることは危惧します(*)。また、先にも書いたとおり、「個人サイトだから」というのは言い訳にならないと思います。個人サイトであろうと影響力に応じた慎重さは必要だと。影響力を持ってしまった個人が慎重にしたくない場合は別のサイトを立ち上げればよいわけで。アイデンティティというレッテルから抜け出すことにこそ「匿名」が適しているわけですし。
注意:「影響力」は「単に有名であること」とは違います。
*:読者の反感を浴びることで責任を取るケースがほとんどですが、情報発信にはいくら言論が自由と言えども反感/糾弾じゃ済まないような被害もあり得るわけで。

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