はぁ…ここにも書いたけどやっぱり他の方の記事を引っ張ってきてちろっと書くのは楽だわ^^;。blog 続け辛いと思ったときは、休むのもいいですがそういう活動で気楽にちょっとした意見表明するのもいいと思います。
(追記)それをするには AutoAnchor がお薦めです。
自分の言いたいことを理路整然と作り上げて記事にする人は尊敬~。なんて言ってもそれを厳密に実践している人は本当に少ないですが。というか他からの影響を受けないで湧き出てきた論なんて全体の何パーセントだか。ほとんど(というかおそらく全て)の論は何らかの情報ソースに依存するんだし。で、当然ソースの貴重さや、そこに乗せる持論の貴重さなどが価値になるわけですが。
何が言いたいかというと、仮に持論自体の価値が同程度だった(持論の無い場合が典型か^^;)場合、結びつけられたソースの価値がその記事全体の価値に影響すると思われるんですが(※)、「ネットで見つけたもの」にコメントするのと「リアルで見つけたもの」にコメントすることの価値の差は永遠に縮まらない壁はあれど、だんだん減っていくだろうなぁ、ってこと。
今は貴重な体験に基づいて話すことは貴重だし、ネットで見つけた情報は永遠にその域には達しないでしょうけれど、ネットで情報を見つけることの難易度も、「リアル体験」に近いものになっていくかも、と。
まぁ思い付いただけだけど。少なくとも、ネット上で貴重な情報を見つけたりする人の価値は今後もっと上がっていきますよ。全員がそれをしちゃうとこうなっちゃうわけですが^^;。
はてなダイアリー - 恐がり - 模倣犯:陰謀史観的ブログ観測
向いてる人と向いてない人がいるだろうなぁ…。でも「向いてる」というより自分が楽しいかが全てなわけだけど。そして両方に向いてる人も(得てして)多かったり^^;。創作できる人すらも無意識に「clip が楽しい」と感じるような環境になっているのだとしたら、それもまた、多様性のもたらす罪の一つになるわけですが…。
※持論が無い場合、「他人の記事の価値で自分の記事の価値が決まる」わけですが、それが鼻持ちならないという方も少なからずいらっしゃるようで。「紹介」の価値はありませんか?そうですか…。ってのは冗談ですが、既に見た記事の紹介が溢れるのはその人にとっては「ノイズ」ではありますが、全体からすればそんなことはないです。はっ!!そういうフィルタを作ればいいんじゃないか…。

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