「要するに」の良い使い方、悪い使い方

以前「つまり/要するにをうまく使おう」といった記事も書いたことがありますが、世の中にはうまくない「要するに」が氾濫しているのが実情です。その辺に付いて私見を。

まぁ言うまでもないことかもしれませんが「要するに」という言い回しには表裏一体の意義があり、要するに:p「例外/詳細を吟味せずに断じる」面と、「大筋を解りやすく説明する」面がある、ということです。

他人の説明を聞いたときに当人に確認するために「要するにこういうことでしょうか?」と聞いたり、自分が説明する立場のときに「要するにこうこうということと言って差し支えないです」と述べるのは、重要で価値あることです。

他人の言葉に対して「要するにこいつはこう言っているんだよ」とか言っちゃう人が多いわけですね。他人の意見が他人にそう簡単に要約できるわけがないのに。まぁ私もあくまで私見を述べる場では「彼は要するにこういう思考で言ってるんだと思いますよ」といったことは言いますけど、(明言しているかにかかわらず)「思いますよ」というところに「私見」であるという明示があるわけです。

こうやって自己弁護するくらいだから、他の多くの方も「私見」のつもりでそのように言うことは多数あるのだと思っていますが、中にはやけに自信ありげに他人を断じる人がいます。そういうのが似非評論家です。

まぁ、都度都度「あくまで自分がそう思っているだけだ」と前置きするはずもないけれど、自分も似非評論家状態になっていることはあるよなぁ、と自戒も込めつつ。


似非評論家で別にいいやん、とも思うし、そういう視点に立つと一概に「悪い使い方」と言えるものでもないのですが、まぁ個人的にはかっこ悪いし好かれる態度ではないと思っているので、気持ちを新たにするためにも書き留めておこうかと。
と言うわけで、格言。

他人を要約できるはずがない

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このページは、Shinが2004年10月16日 01:29に書いたブログ記事です。

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