blog: 2005年2月アーカイブ

 なお、「断定」ではなく「疑問」形式にしておけば印象操作・ネガティブキャンペーンにならないだなんてことは全然ありませんね。その程度のレトリックでごまかそうというのはいかがなものかと思います。

面白いですねぇ。

思想・言論の自由として、「自分はこう思っている」と言うのは自由なわけですが、言ったからには責任は取らなければならない。
このケースでは、言った人が誰であるかが明確でない、或いは自明であっても責任を追求しようとしたときに逃げられる可能性があるケースにおいて、他者の言論を削除する権限を持つ(ブログオーナーであるところの)小倉さんがそれを放置した事に関して責任を負うことになるのは迷惑だから削除した、と述べられています(と、私が解釈しています)。

で、それはいいとして、対象コメントが断定口調であるか否かは無関係である、というのが上記の胆なわけですが。

まぁ、他者の発言の責任まで持ってられないから、削除権限のある方が責任主体となるのであれば、その裁量で削除するというのは受け入れられます。

ここで抜けているのは、削除された方が言われている通り、その方に対する誹謗かもしれない「プロパガンダだから削除した」とか「自分が不快だから削除した」いった、客観性があるといえる根拠なしに削除をされたことに対する責任のほうです。ブログは自分の城だからということで、「削除の自由」を肯定する反応が多いように思いますが、それに対する責任もどうしても付いてまわります。
言論が自由であるのと同様に、ブログオーナーには削除の権利と削除の自由があるわけですが、削除の自由に伴う責任として、それに対する反発があったわけですから、その反発を受けいれる/何らかの(例えば根拠説明)対応を行うといった責任が発生しています。放棄すればそれなりの批判にさらされます。
コメント欄においてではありますが、公開の場において該当者は言論の自由を侵害されたのですから。

まぁ、自分のブログに書いてトラックバックしていれば「このケースの」トラブルは避けられるのですが。だから今でも多くの人が 2ch に書くのかしらん:p。それでもトラックバックを削除されたら文句をいう人がいるでしょうけれどね。そのあたりが、客観性=より多くの人が納得できること=常識の話なわけで。

で、閑話休題で、もし穿った見方だったとしたら(件の話題がそうかどうかは知らないです)疑問系であっても削除されるようなものなのか?というのがここでの私の疑問点なわけですが。これはどうなんでしょう?普通に考えたら「言論統制」と騒がれるケースでしょう。主観ではなく事実であるかのようにいうのは明らかにプロパガンダですが、主観であることが明示されているのに、それを言うことを禁じられると考えると普通は誰しも嫌でしょうね。

でも、疑問系であれ、それを表明したいと思った人は、確実にそれを他者に聞いてもらいたいと思っているわけで、思ったことを聞いて欲しいという時点で、これまた確実に同調意見を期待しているので、その観点で誘導性があるといえば、それはあります。誰かがそれを漏らしたことで、皆がいっせいに表明しだすのはある意味「真理」ですから。ただ、だからこそそういうものに対して「プロパガンダ」「レトリック」といった言葉は当てはめられないだろうと思いますが。「ネガティブ・キャンペーン」という言葉だけは当てはまりそうですけどね。

ここではさらに、その言論の表明先が他人の「場」であった、という問題があるわけですが、断定か否かということとは無関係ですので無視します。
そして、結論は保留します。

過去は「弁護士って大変なんだなぁ」くらいに思っていましたが、最近は不憫を通り越して不快に近いものがある…。弁護士が自分の弁護を始めるとやはり多くの人の不快を買うのか…。

なお、この文章は「言論」「責任」といった用語に関して法律的な定義を知らない人間が個人の感性に基づいて書いた感想であることをご了承ください。

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