このような「何でもあり」の状況から脱出しないと、ブログは情報発信ツールではなく、単なる自己満足のツールで終結してしまい、いつになってもTVや新聞を凌駕する時代は到来しないのではと私は思います。もちろん、凌駕する必要性を感じない方には関係の無い話かもしれませんが、ブログが淘汰されることだけは避けたいとの思いは同感いただけると思います。
週刊!木村剛 powered by ココログ: [ゴーログ]果たしてブログは市民権を持ち得るのだろうか?より。 この部分だけに反応します。 ブログそのものが TV や新聞を凌駕することはないかもしれません。TV や新聞とブログの決定的な違いは、「誰でも参加できること」です。 これはすなわち、破壊的行動を行うものを排除する手段を(少なくとも現状は)持たないことを意味します。 テレビや新聞はそのメディア自体を崩壊させようともくろむ人間がいたとしても、テレビや新聞自身の上でこれらのメディアに対するネガティブキャンペーンは行われませんし、破壊的活動への防衛力があるといえますが、ブログはそういったことにも有効な歯止めが効きません。 もちろんホスティングサイトの規約などはありますが、規約に触れる直接的な破壊的活動というより、言論の自由に則るということそのものがある種の破壊的活動に映ってしまうことにより、大衆に受け入れられない可能性が高いです。 自分の言論の自由は主張したいけれど、他人の言論は受け入れたくないというのが人間ですから。
フィルタにかかった上に適当に権威付けされた情報のほうを好む人のほうが多数派であろうと思います。もちろん最近は社会の(ネットに対する)意識の変化が顕著に見えるのですが、ネットでの「言論の自由」の現場を見て、やっぱりテレビのほうがいいやと思ってしまう人も多数いると思います。
ま、だから「凌駕する必要性を感じない」ですけどね^^;。
規制が入るほど、TV/新聞を凌駕する能力を持ちえる、とも言えるかもしれませんね。
