What You'll Wish You'd Known
「知っておきたかったこと」
最初、どういう意味か分からず、ただ皆がリンクしているのでいい文章なんだろうなと思っていた程度でしたが、読んでみて、なるほど、「高校生のうちに知っておけばよかったなぁと思うこと」ですか。
What You'll Wish You'd Known
こちらでは、他の方に引用された箇所がハイライティングされていてますます興味深いです。それだけ引用したい名文がたくさんある文章ということですね。
私もこれに乗っかって、まだ引用されてない箇所から^^;引用してみます。
書かれている内容は、割と自分が過去にここに書いてきたことと合致してて、そういう意味ではある意味当たり前なことが書いてあるといえるのかもしれないですが、当然すごくまとまっていて、且つ高校生に向かって語りかける調子ですごく読み心地が良いです。
序章ではセルフハンディキャッピングについて書かれています。
彼らがぼくらと同じなんだとしたら、彼らはすごいことを成し遂げるためにものすごい努力をしたってことになる。そう思うのはこわいから、ぼくらは天才というものを信じたがるんだ。ぼくらが怠けている言い訳ができるからね。もし彼らが、魔法のシェークスピア属性やアインシュタイン属性のせいで素晴らしいことを成し遂げたんだとすれば、ぼくらが同じくらいすごいことをできなくてもぼくらのせいじゃないことになる。
他人を天才ということにして、自分は天才じゃないからというハンディを課すことをセルフハンディキャッピングと呼びます。
卒業演説方式では、きみはまず20年後にどうなりたいかを決めて、次にそこに至るには今何をすればいい、と考える。ぼくが提案するのは逆に、将来のことは一切決めないでおいて、今ある選択肢を見て、良さそうな選択肢がより増えるものを選ぶってことだ。
目標は敢えて急いで見極める必要はない、と。 人は最も興味を持っていることに対して最もパフォーマンスを発揮できるわけだから、皆本来は最も興味を持ち続けられそうなものを探す人生という旅を歩み進んでいるわけです。人生の早い時期に、興味を持ち続けられると確信できることがあればそれはよいことですが、一長一短あって、確信に至る前に選択肢を広げるために行ってきたことは、場合によっては一心不乱以上に価値があることも多々ありますね~。
たいていの人は、自分がやってることを上手くできるようになりたいと思う。いわゆる現実社会では、この要求はとても強い力なんだ。
この一節はすごく深いと思いました。 上手くできるようにならなければならないという見えざる要求ですか。
そして最後に来るのは「好奇心」で、上に書いた「人は最も興味を持っていることに対して最もパフォーマンスを発揮できる」がこの演説の根底のテーマかな、と思いました。
結びの言葉の
さあ、始めよう。そうすれば、君達は史上初めて、高校の時に時間を無駄にしなかったと言える世代になるかもしれない。
も、いろいろな意味で(単に賛同ではなく)考えさせられます。そして、この演説が高校のお偉いさん方の反発により実施されなかったということも。
