もう一つGairon2003-bodyから。気になって書き出したら長くなったので別記事に。
資料中に
カルト集団の特徴
教祖・教義の絶対化と依存・服従の関係
という言い方がされていて、「絶対化?」と思った。絶対視することを絶対化と呼んだりもするんだろう。で、この反対語として「相対化」という言い方をする人がいるんだろうけれど、それは変だよ、と思うので、「絶対化」という言葉は好ましくないのではないかと思った。何が変かって、ここでの「絶対」は「これに変わるものなし」「なにがなんでも」という意味での(確度における)「絶対」であって、「相対」という言葉の持つ意味は「別のものとの比較に基づく位置づけ」とでも言ったところであり、「確かさ」というもともと絶対的基準が今だ存在しない概念に対する反対語にはなりえないと思う。いや、なって欲しくないと思う。
まぁ「絶対視」と書いたところで「相対視」という言葉は使われちゃうわけだけど-_-。相対視という言葉は意味が取れるのでありだと思うけれど、やはり「絶対視」の反対の意味ではないと思う。
珍しく、図示してみる。

「確かさ」と書いたけど「確かさ最高」時の「絶対」は主観であって、右側の絶対/相対とは明らかに違うし、主観であるところの確かさが最高で無い場合の呼び方は特に存在しないと思う。何にしろまったくベクトルが違う。
あるいは「絶対」という言葉のほうが誤解なんだろうか?「確かさ」という尺度で「絶対」を使うようになってしまったことが誤り始め(起源は調べてないです_o_)。まぁそんな気はする。
何でこんなことが気になるかというと、技術系以外で用いられる「相対」という言葉の意味がいつも不明瞭で、文章の意味が解りにくいから。相対化って何だ?でも同じようなことを書いています。