thought: 2003年12月アーカイブ

それなのに、人に対しては自分の言ったことをすぐに聞かない/実行しないといって怒りだす人、いるよね。
# そういう人に限って、自分の場合は「そんなすぐには変われないよ」「しょうがないじゃないか」といった言い回しをしがち。
まぁ、本当に言われたことを忘れちゃう人もいるわけだけれども。まぁ私だって以前人に言われた問題が直ってるかというととんでもない話で、直るまで言われ続けないとダメ、というのも内容によってはある。そう考えると、他人を変えようとする側にはどうしたって根気がいるわけだ。
一回言っただけで忘れられないくらい衝撃的/感動的な伝え方ができればいいかもしれないけどね。
ショック療法という話も以前したけど、大抵の場合は逆効果なので相当慎重にしないとだめ。単に自分の感情だけで怒りをぶつけた場合は全くショック療法にならず、100%逆効果になるといってよいでしょう。

いらいらする、という人は、まずは「人はすぐには変われない」ということを常に頭に置くようにしてみてはどうでしょう?

さて、先日「人はいくらでも変わることができる」というのを書きました。今回のと相反することのようにも思えるかもしれないけど、この二項目から判るのは、結局「出逢った人次第」ってことなんだよねぇ…。
一度逢っただけで自分の人生観を変えるくらいのすばらしい人と出逢う可能性は60歳を越えたっていっぱいあるんだから。
# おいら、おじいさんになった頃にはそういう(変わろうとする)感覚が麻痺してるかもしれないな…。そうならないように、一生世の中にはすごい人がいっぱいいるという気持ちを忘れないようにしよう…。

これは、「自分の好奇心を擽るのは何なのか、考えてみた?」というのが出発点かな。
そして、その何かを自分の心の中に産み出すために出来ることを考えるの。
さて、私はというと…。主にこんなことがあると興味を持つらしい。

  • どうやら私はちょっとした頭の体操程度の思考で出来そうなプログラムネタがあるとすぐ逃避するらしい
  • 同様の理由でパズル系は割と好き
  • ってか、飽きない/はまるタイプだ
  • プログラミングを始めると時間を忘れていつまでもやりかねない(思考が行き詰まらない限りは)
  • 複雑に組み上がったものの仕組みを見ると感動するタイプだ
  • 人が時間をかけてやっているのを見ると、簡単にできるのではないか?と思ってしまう(どれくらいでできるか試してみたくなる)
  • (上記より、当然)短時間 or 少労力で成果を出す人を見ると感動し、効率化の方法を見たく(盗みたく)なる
  • 最近はとにかく人間の反応の格差などを見ることが好きらしい
  • まだあるな…とりあえずこの辺にしとこ^^;

思い付きだけど^^;。うーむ、割となんでも興味を持てる人間になれてきたほうかな、と思ってます^^/。
さて、そうすると、このあたりを擽ってやろうとしていることへのやる気を向上させるために何が出来るか?

  • Web 漁り。ただし逃避ネタには欠かないけど本業のモチベーションに関しては上がる時と下がる時が…-_-
  • やろうとしていること(に近いもの/ヒントになるもの)をシンプルに実現している人を探す
  • 誰かにそれをやらせて(似たようなことをしている人を探して)苦労している様を見る^^;
  • とにかくプログラミングをする

ふむふむ。自分ってこうやってたんだな…と再認識。:)
これらは実は Web 漁るだけでたいてい解決できるのよね…。
みんなもやってみては?ぃや、上にリスティングしたことをじゃなくてリストアップ作業を、ですとも、もちろん:p。


ところで、「誰かにそれをやらせて苦労している様を見る」というのは「下を見る」ことに他ならないんだけど、基本的に常に上を見ていたいつもりの私ではありますが、こういう観点で「下を見る」のは実は割と重要かな、とも思う。
「自分より下があることを見てほっとする」というのは人間として当たり前の感情だしね。

昨日のネタの続き…。# うーむ一時的には出したいネタが溢れるな…一時的には…。
他の人(生徒、他)の問題がなかなか修正されないと感じた時の話。教育者を信頼していて、その人の言葉を守ろうとする意欲があったとしても、できない、という場合ね。

欠点が直らない、問題だ、という話をしつづけるのは思考がネガティブになっているのでおいら的にはよろしくないと思ってます。でもまぁそれが重大な欠点で良い面をすべてかき消すほどのものの場合、単にその人の良い面を伸ばす教育だけでは間に合わない、というのも確か。
じゃぁどうすんのかというと、私の場合はとりあえず知識としてだけ、「こうしたほうがこうこうでいいよ」と伝え、後は当人の問題の影響が最少になるように裏で努力する、ですかね…。なんつーか、「こうしないとこうこうで問題だ」との違い、ですか…。

# ちなみに、自分やその周りに直接影響が無ければ「裏で努力」なんてそうそうしません:p。アドバイスはするけどそれを守ることも期待しないし、それによって当人が何らかの不利益を被ったとしても、それは私の美徳とする自業自得なので。
# 期待できないのにいつまでもアドバイスしつづける、ということもしないだろうけど^^;。ま、(その人が向上心を持つことに)期待はしてるんだろうな…でも期待に沿ってもらえなくてもそれは単にそうだったんだな、と思うだけなわけで。

私としては痛い目を見るまで本当に問題意識を持つのは難しいということと、それほどまでに無頓着だった問題の解決方法を自力で見いだすのは難しい、ということが経験則で、後はモチベーションを上げる(下げない)よう気をつけることしかできないなぁ、と。うーん、昨日以上に文章錯乱してるな-_-。

# タイトル、後で付けなおしたし-_-。しかも今見ると、それは昨日書いたことと同じだし-_-。
# 信頼/期待、と来てみたかー。みたいな^^;;。

# つまり、私ならこうするなぁ、と書きつつ、完全にできているわけではないってこと。たまにこういうこと書くと自分の意識確認になっていいねぇ^^;;

んー飲み会でうだうだ言っててその場では思い浮かばなかった話なんですが、モチベーションってやっぱり他人無しではほぼ成り立たないのかなぁ、と。
えーっと、まずたたき込みは教育とは思っていません。んで、向上心はモチベーション無しには生まれない(というか、ほぼ同義)、という持論により、教育=部下/生徒(以降生徒と表記)のモチベーションを高める所為である、というところまでが前提です。
# 異論あったらぜひコメントよろしく〜。深くは考えてないので^^;。

さて、そうすると生徒のモチベーションを高めることが第一課題なわけですが、その最初にして最大の関門を突破するために最低限、そして最初から最後まで通して必要なのが教育者に対する信頼、なんだろうなぁ、と。
信頼している人が言うことは聞いとくもんだ、という気になる(その人に対するバイアスがかかる)。これはまぁ間違い無いところ。では、教育者の思ったとおりに行動しない生徒はその人のことを信頼していないのだろうか?答えはある意味そうなんでしょう。
ただ、その人のことを信頼/尊敬してはいても、単にうまくできない、というケースはままあるわけだけれど。今回はそのケースは保留として。

さて、仮に信頼されていなかったんだ、と判断したとして、では思ったとおりに行動しない生徒の信頼を勝ち取るにはどうすればいい?

私はまぁ、背中を見せるしかないかな、と思う。

「その生徒のため」という姿勢を一生懸命見せるのも効果的とは思うけれど、実際に伝えようとしていることの意義を生徒が理解しない状況では同情は買えても信頼に結びつくかはちと疑問。
さすれば、私だったら伝えたいことを実践してそれをしていない生徒との違いを体感してもらえる方法を模索する、かな…。後は、教育者であれば生徒のしたことの責任を取るのは当然であって、金八先生好きのおいらとしては、生徒のせいで責任を取らされたことを直接的に言うことはせず、いつか気付くようなシチュエーションが好き、とか^^;。

うーん…まだもやもやしてるな。てか、飲み会でも言ってたけど、それは一つの教育方針でしかなくて、それで正しいかどうかはわからないしねぇ。また、信頼とは別のレイヤーで先に書いたとおり能力/適正の問題でやろうという意欲はあるが実現できないでいる、というのを解決する方法はまた別だしね。今度それも考えよっと=ネタにしよっと^^;;。

あ、今思いついたもしかしたら核心を突いているかもしれないもう一つの格言。

相手の信頼を勝ち取るには、まず相手を信頼すること。そして相手を信頼していることを伝えること

そうか…これ、まだやり足りてないかも(誉め下手だし^^;)。よしゃっ。

会社に尽くすのもいいし、たとえ交換可能な部品としての仕事しかしていなかったとしても、それをやったのがあなたであることは見ている人は見ている。つまり、あなたならそれができるという事実を知っている人は知っている。ただ、それをあなたがやったのだということを隠したがる会社は好ましくないかもね。もっとアピールしていいし、自信も持っていいはずだ。

# ちと…ネタ切れ気味^^;;。このテーマでは普通に考えて即興で何十個も出せないので1ヶ月も持たなさげなんだけど、そこそこ頑張ってるほうではある…。いけるところまでいったら、今度こそアホアホネタで…^^;;。

「クニミツの政」という漫画で坂上先生が言った言葉。
# 今でも読んでいる漫画はこれくらい…。
基本的においら、このページではオリジナルを書いてるけど、この言葉だけは別格というか見て感動したもんでここでも書いておきたい。

そうだよ、いくらでも変われる可能性はあるんだよ。そして、いろんな人との出逢いのチャンスを大切に…。

もちろん、お世辞でなく、純粋になんでも感動/高評価できればよりすばらしいけれど、たとえそうでなくても、つまり、自分にとっては当たり前だったり無関心なことだったとしても、賞賛に値する良いところを見つけ出して言ってあげられる人がいます。
要するに誉め上手ですね。こういう人は、とにかく人に嫌われにくいし、自分のやったことをもっと見てほしいと思わせる人なので、人がいろんなものを見せに集まって来ます。それはつまり情報が集まるということで、その情報を欲する人も集まってくるようになるので好循環がまわりはじめます。
で、わたしゃお世辞が言えないのでコメントに窮することがよくあってダメダメ…-_-。できるだけいいと思ったことも悪いと思ったことも全部思ったままに言うようにしてるつもりだけど、言う順番にまだ問題があるみたい-_-。

とはいえ、ばればれのお世辞はやだし…。※普通の人はばればれのお世辞でも嬉しいことの方が多いんですけどね。

言葉/絵など何でもいいが、思っていることを適切に表現することができる人間は、これまた勉強ができなくても人生を大変有利に過ごすことができる。
まぁ、それって頭がいいってことだけど。言葉にするなら論理的思考能力が必要だし。「適切」以上に人を感動させるほどの表現力を持っているなら小説家なり芸術家なりになるよろし。
それほどでなくても、きちんと自分の考えを意見として言える、これだけでも立派。社会人でもできる人の割合はかなり低いと思われます。私…だいぶ下手くそです…-_-。
最近企画をやろうとしてるけど…もやもやしてるなぁ…-_-。ま、いつもの開発のつもりで整理、始めますか…。

自分の悪いところは自分視点では目に映りません。
まぁ私、そういうことをここんとこずっとやってきた結果、感情が麻痺しつつありますが…^^;
腹を立てることがなくなったのは良いこと、でも喜びや驚き(悲しみも)を感じにくくなったかも-_-。
# 私は冷徹であることを自認しています^^;
## 一応無感情じゃないよ…たぶんね

その場で他人事のように振る舞うのではなく、後で思い返すようにすればいいでしょうね。

一言で言えば「人に優しく自分に厳しい人」。

自身の人間性を高めることに一生取り組んで欲しい。多くの人が逢いたいと思ってくれる人を目指して欲しい。
そのために絶対に必要なのは、沸き上がるプラス思考。
常にプラス思考ができるということは、周りの人間も幸せにする力を持っているということ。
もちろん反省無しのプラス思考だけでは逆に周りの人間をいらいらさせるだろうけれど。
どんな困難/苦痛に会っても、それを自身の今後の糧にする気持ちと、周りにそれを振り撒かない優しさを持った人間であれば素晴らしいこと。

自分も目指したいところではある。頑張るくさ。…あ、また逃避してる…-_-。

(追記)
ところで、「逢いたいと思ってくれる人」は「顔を見たい」とかに限定せず、何らかのアクションをおこしたくさせる(話しかけたい、とか)といった意味で書いたんだけど、そんな人間になるのはインターポットのところにも書いたけど、ほんと、難しい…。
そこに書いたとおり、自分が何もしていないのに他人が気にかけてくれるはずもなく、「何か」をしている必要があります。それは人に対する何かかもしれないけれど、世の中に対する何か、かもしれない。
魅力ってのは難しいねぇ。まぁ、どんなことでも一生懸命やっていればそれを魅力と捉えてくれる人がどこかにはいるはずだけどね。

相手に「自分が不快感を持たないように気をつけさせること」をさせないように振る舞うこと、と私は思うわけ。背反を言っているわけではないのでもちろん両立可能なんだけど。
自分が他人の機嫌をうかがってばかりいると、相手も自分に気を使わなければならないと錯覚することが多いように思う。そして、いい人なんだけどちょっと付き合い辛い人だな、という印象を持たれる。
警戒心を持たせない人間には話しかけたくなるよね。

自分はそれをかぶる口…まさに自業自得…-_-。
ある面に積極的なんだけど他の面がおろそかになる…よくあることではあるけど…。

基本的に人間は縛られることでモチベーションを下げます。 沢山の責任/義務が重圧としてのしかかった人が鬱病(モチベーションが極端に下がった状態)になりやすいわけで。 自己管理が出来るなら、どうでもいいような規則に縛られ続けて生きるのは自身の成長を遅らせる策なので脱出するのもよいでしょう。

人を管理する立場の人は、規則で人を縛ることは基本的に、一時的にはその人を縛れても長期的には逃げられる策であるということを念頭においておく必要があります。目的は規則を守らせることではなく積極的にそれをしてもらうことなのだから。

ただし、規則正しく生活することでメリハリがついてより効率が上がるタイプの人がいるのも確かです。

少なくとも落ち着いて話すことと比較すれば。 目標は事態の改善なのか、誰かを自分の感情のはけ口にすることなのか、 それを考えてからトラブルに対峙するのがよいです。 いくら話してもダメな人に対しては限定的にショック療法が必要な場合も ありますけれど。(追記)もちろんその場合も目的はあくまで事態の改善のはずだよね。

絵でも音楽でも積み木でもひねもす^^;でもプログラムでも作文でも裁縫でも…与えられたものを消費するだけの趣味とは違った感性と価値観が身につくよ。

(追記)そしてなんといっても安上がり:p

今の自分は90%以上は自分で形成したもの。 自分以外からの影響ははかり知れないくらいあるけれど、その結果としての自分は自分で(自分の判断で)作り出したものだからね。

要するに、バランスが必要、なぁ〜んてありきたりな結論はやだね。 人徳者になろうよ、みんな。 率直で真摯な意見は受け入れられるはずだよ。受け入れようとしない非人徳者はたくさんいるけど:p

評価する人は無数。自分も含むけれど自分での評価が重要でもない。 自分が大したことないと思ってることでも人によっては喜ばれることもた くさんあるしね。逆にだれかにダメといわれたことでも、ね。 おっと、自己評価だけがやたら高いのは自意識過剰だよ:p

人は思っただけじゃ思ったとおりには動かないよ。 てか、必死に伝えたつもりでも思ったとおりに動かないもの。 まずは、その現実(そういうものだということ)を受け入れないと社会でやっていけないよね。 受け入れない人、結構いるけどさ:p

自分のやってきたことはどんどん世間に公表しようじゃないか。 ただ、押しつけでなく見たい人が見れるようにするのがコツ、かな。 あなたの過去の成果を見たがっている人は比率としては多くは無いから。 でも、絶対数は少なくないんだよ。

まぁ、俺様定義では、ね。 ストレスとプレッシャーを分けて考えてます。 用語的には「ストレス」は外的圧力に対する反発力、とされていますが、 世の中でストレスストレスと言われるものはほとんど自分がそう感じるよ うに仕向けているだけ。 同じ事象に対してストレスに感じる人と感じない人がいるのはなぜでしょ う?考えてみませう。

それはそうと、他人に不必要なプレッシャーを与えないような生き方をしたいもんです。それがその人のためになるならともかく、ね。 ついでに言うと、その人のためになるかどうかはそう簡単に判断できるこ とではないということも知っておかないと。

注意するにしても、可能な限り「禁止」ではなく「こうすればいいよ」と言ってあげたいところ。 指導と怒るの違い、解ってない人、結構いるねぇ…。 「部下」でも同じだねぇ。

InterPot
http://interpot.nifty.com/

もともとは知人の紹介で始め、一年くらいたまに世話するだけだったのが、去年あたりで InterPot3 になったのをきっかけについにコミュニケーションに手を出す。

ブラウザ上で動いてた頃はうっかり閉じちゃうわ起動までが心理的に面倒だわというのが障害になっていたのかなぁなどとも思うけれど、やはりコミュニケーションを始めて人間自体に興味を持ってからが楽しい感じ。

なんか、よく言えばのんびり悪くいえば退屈なゲームとあって、(特に長く続けてる人は)男性より女性が多くて、しかもその中でものんびり派(?)というか、温かい人が多いちょっと特殊なコミュニティだ…。

さて、格言っと:p
ここにいると、モテると勘違いしてしまう。
どこが格言やねん…。

ま、しかしそんなところでもやっぱりうまくいかない人はうまくいかないもので、まぁ自分も最初の一年は自分からはなにもしなかったわけでその間コミュニケーションの広がりは無かったわけで、と。

勝手に声をかけてくれる人は100人に一人、継続して声をかけてくれるのはその中の100人に一人。

自分から行かない限りは、ね。

まぁ、人の生き方はそれぞれだけど、単に自分はこうしよう、と思ってるだけだし。

…という人は少ないかなぁ…? ま、演じる=理性だしね。こうなったらとことんなりきりましょうよ。

不幸だ不幸だといつも漏らす人がいる。(「ストレス」も同じ)
経験の中から将来への知見を見いださず、不幸から逃げたがってばかりいたり、それでいてその不幸を忘れることもせず愚痴だけは言ってみたり。
自分のどのような行動がその結果に結びついたか考察するだけでも他の人に出来ないことが出来たわけで、良い経験である、と考えてみましょう。

なぜそんなにも他人が許せない?
自分は本当にそんなことはしていない?

指摘と怒りをはき違えないようにしましょう。

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