thought: 2005年6月アーカイブ

愛・蔵太の気ままな日記:「正義の人」になってはいけないより。

当たり前のことなのだが、「不正」を告発するにはまず「不正」が存在しなければならない。ありもしない「不正」を糾弾することは出来ないからだ。だからこそ「不正」を告発しようとする人たちは「不正」を待望するようになる。これは多分必然的なメカニズムだと僕は思う。僕たちは「不正」に依存せずに「正義」の側に立つことが出来ない。

すばらしい文章です。
元記事はDead Letter Blog:2002-Julyだそうで、みな、すごい軽やかな文章群です。後でじっくり読もうと思います。

このタイトルは煽りですが、個人的には、このタイトルでも真であると思います。偽善を認識して偽善してるほうがよっぽどいい。

自分がつい相手にレッテルを貼ってしまう、という問題以外に、「自分*たち*がレッテルが貼られていることにする」ことによって、味方をふやそうという意識もあるのだなぁ、と思った。
「自分」が言われているのに自分に対して言われたのではないことにしてしまおうという意識か…。

すぐに団体や特定の思想全般を批判されたかのように振舞う人、気をつけましょう。
なんていっても当人たちには無駄ですけど、そういう人もいるということをそうでない人が理解しましょう、ってことですね。当然、そうでないと思っている人がそうならないように注意することを含めて。

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