愛・蔵太の気ままな日記:「正義の人」になってはいけないより。
当たり前のことなのだが、「不正」を告発するにはまず「不正」が存在しなければならない。ありもしない「不正」を糾弾することは出来ないからだ。だからこそ「不正」を告発しようとする人たちは「不正」を待望するようになる。これは多分必然的なメカニズムだと僕は思う。僕たちは「不正」に依存せずに「正義」の側に立つことが出来ない。
すばらしい文章です。
元記事はDead Letter Blog:2002-Julyだそうで、みな、すごい軽やかな文章群です。後でじっくり読もうと思います。
このタイトルは煽りですが、個人的には、このタイトルでも真であると思います。偽善を認識して偽善してるほうがよっぽどいい。
